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『戦争の傷跡は消えることはない-5』

『戦争の傷跡は消えることはない-5』10.03.14(日)


大阪は太平洋戦争末期、50 回をこえる空襲にみまわれ、
大阪市の中心部は焦土と化しました。
今回の特別展は、近年新たに発見された被災写真資料などの
展示により、視覚的に大阪大空襲の全貌を明らかにします。
http://www.peace-osaka.or.jp/news/e100126.html
 2010.3/13(土)
講演会「焦土大阪~写真で見る大空襲~」

昨日3月13日(土)ピース大阪に参加してきました。
会場の定員250席を超え通路にも溢れて、
多くの男と女の老人たちが講演に聞き耳をたて、
映し出されるパネル写真を見入っていました。

会場側の説明では、
こんなに多くの参集は今までなかったそうです。
高い天井の会場の空気は、
老人たちの熱気でむせかえっていました。

大阪大空襲の被害を受けた人たちが
戦後65年後も心の中に何か表現できないものを
いまもなお持ち続けていたのでしょう。

パネル写真は西区、南区、東区を撮ったもので、
宗右衛門町、心斎橋、御堂筋、四ツ橋筋、長堀筋、
新町、西六小付近の一面焼け野原焦土の映像です。
また、大阪城東側砲兵工廠が爆撃をうけて煙が
立ち昇っている写真もありました。

限られた時間の中で数人の高齢者が思いの一部を
発露されていました。
「戦争はしたらあかん。
軍部は国民に何をしたのか。
嗚咽で声をつまらしながら、
自宅の防空壕の中に黒焦げになった十数人の.
従業員の姿を目撃した証言もありました。
 埼玉県から駆けつけてきた老人もいました。
 銀座松坂屋7階から降下する焼夷弾を
見つめた小隊長の証言もありました。
港区で3度空襲をうけた人もいました。」

生き残った者の人生は複雑で重い。
これを「傷跡」という。

焼き場に立つ少年(長崎)
『戦争の傷跡は消えることはない』

 


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テーマ : これでいいのか日本
ジャンル : 政治・経済

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